忘れられない保育園児がある。そんな私も保育園児でした。50を過ぎたメンズが此度だに憶えておる保育園時代の他人の弁当。すこぶる働きがあったのでしょう。亭主はSさんという、通常客が腹一杯利用していた魚屋様の乳児でした。亭主の弁当の鞄は大きかったのです。鞄の中に何が入っていたかというと、メニューの感じに入ったディナーとビンに入った母乳と白いものが入っていた入れ物でした。亭主は弁当のふたを開け、それに母乳をたっぷりとかけました。恰もお茶漬けのときのように。後々ビックリすることをしました。入れ物からこれもとことん白い砂糖を出して、その上からかけてかき混ぜるのです。正に「母乳砂糖かけディナー」でしょうか。それを美味しそうに食べていました。通常こういうカリキュラムだったような意思もする。はからずも美味しそうで、家で後手をしたような意思もしますが、美味しかったという記憶は徹頭徹尾ありません。恐らくはそれ以上やらなかったのでしょう。何故あんなカリキュラムが生まれたのだろうと思うのです。飽くまで発想ですが、Sさんは甘いものがお宝で、母乳も好きで、ディナーは嫌いだったのではないでしょうか。家族はたとえディナーを食べさせようと考案したのが「母乳砂糖かけディナー」だったのではないでしょうか。亭主も、もはや50を打ち破りました。こういうカリキュラムは坊やに伝わることなく、なくなっている。屋根塗装 見積もり